人は簡単にコミットできない?
読みかけ積読本から、アガサ・クリスティの『春にして君を離れ』(中村妙子訳、早川書房、1973 - 2004)
はり読みかけ積読本から、アガサ・クリスティの『春にして君を離れ』(中村妙子訳、早川書房、1973 – 2004)が出てきたので、通読してみました(目に優しくするため、kindle版を買い直してしまいました)。クリスティの、推理ものではない一般小説ですね(メアリ・ウェストマコット名義)。
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1930年代、とあるプチブルの中年女性が、バグダッドに暮らす娘を見舞った帰りに、トルコ国境付近で足止めをくらい、砂漠の地で数日を過ごす羽目になったことをきっかけに、自分の日頃の認識や生活について深く自省する、というもの。以前読みかけたときは、なんだかつまらないグチを聞かされるだけのような気がしていたのですが、歳をとってから読み直すと、「あるある」みたいな感じで、共感できるようになって来たりしますね。
主人公は保守的・保身的で、世間的ばかりを気にし、娘たちや息子、夫、友人たちの不満や望みに対しても、世間的なクリシェでもって対応し、深く考えることをせず、また、潜在意識では気づいているかもしれないことに、きちんと向き合おうともしません。しかし一人で異国の地に留め置かれることで、そうした会話を思い出しては、逡巡し、考えを咀嚼し始めます。このあたり、なかなかスリリングになっていて、推理小説的な謎の解き明かしに通じるものがあります。もっとも、その振り返りは、ある種の偽記憶になっている可能性も、ないとは言えない気もしますが……。
しかし、自分はこれで変わるのだ、あるいは変わったのだ、と自身がいかに確信しようとも、これまでの性格的な傾向はそう簡単には変えられず、新たな自分にコミットするにはなかなか至りません。それをどこか暗示しているようなのが、最後のほうの場面でしょうか。ナチスが台頭し戦争が迫っているかも、という話を聞いても、この女性は結局それを、「ナチスも悪いとは限らない」との友人の受け売りを鵜呑みにして、あっさり受け流してしまいます。クリシェで塗りかためられた自身を打ち壊すのは、そう簡単ではないのでしょうね。クリスティは変化の兆しを丹念に描いたかのようですが、その先の、どこか踏み込みきれない自己をも、厳しく見据えているような気がします。
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